発端人2

次に発端となった人物2(女性)について書いていきます。
この人物はある分野の専門家で会A,会Bともに深く関わっています。頭が良く、中年以降サラリーマンをやめて資格を取り開業するほどのやり手でもあります。性格はかなりきついと聞いています。というのも私は面識はあるものの直接会話したことはなく、道で会っても気が付かない程度です。多分向こうもそうだったと思います、この被害が始まるまでは・・。今ではあちらはこちらをよく御存じのようです。(もちろん方法は犯罪行為で)

発端人1はこの発端人2を信奉していて何かと頼りにしているようです。常にコラボで動いています。
私はこの被害が始まってから、もしかしたらと思ってこの発端人2のブログなどを見るようにしていたら、やはり内容がかなり仄めかしたようなものになっていきました。こちらの生活や言動の盗聴盗撮に関わっていると思えることが多いです。つまりこの犯罪に加担しているのです。発端人1がスタートだったとしてもそれをフォローし協力する強い味方になっているはずです。

この人物はとにかくポーカーフェイス、感情があまり出ないタイプです。というか基本、あまり感情豊かではなく何でも頭で理解していっているようです。ですので被害者(私)とか他周辺の人とかのやりとりなどを観察して評論しているが、実際はうらやましいのではと思うこともあります。私たちは普通に喜怒哀楽がある人間です。人間味があります。発端人たち彼ら彼女らはどうも感情失調、おそらくサイコパスではないでしょうか。だから普通の人々のやりとりや生き方を観察して刺激をもらっているが、自分の感情には落ちてこない。被害者を分析して自分を納得させる結論を出して安心し、涼しい顔をしているように思います。もちろんその結論は最初からそれしかない、本人に都合のいいものになっています。最近のブログもやたら「自然体が一番いい」的な内容になってきました。こちらが監視されて身動きできず自然体にならざるを得ないのに、その異常な環境下での生活を覗き見て「自然体」と評価して納得しているのですからマッチポンプもいいとこです。

犯罪を犯しても他人事みたいにすましていられるのは、サイコパスだからでしょうか。でもばれることは恐れているはずです。というのも専門家で信頼されている立場ですから、周囲の評価はすごく気にしていると思います。とてもかっこつけです。人のことは覗き見て評価下し倒しているくせにずうずうしいですね。こういう人物に限って自分のスキャンダルはすごく嫌だと思います。そこが弱みでしょう。といってもどこ吹く風でしょうが。

発端人1も発端人2もこれからも勢力を伸ばしていくつもりでしょう。犯罪者であることは封印しています。被害者は私だけではないと思います。こんなことが許されていいはずありません。いつかこのことが明るみにでて罰を受けるべきと願うばかりです。

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発端人1

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最近、以前に増して周囲へも影響がじわじわでてきています。この後も何があるかわかりませんので、ここで改めて私の被害の経緯を時系列で書いておきます。今後はこれらのことをクローズアップした内容も書いていきたいと思っています。

2009年6月  発端人1(男)が私の所属する会合Aにゲストでくる。
2009年10月 その人物が主催する会Bに参加。内容に興味を持ちしばらく続けてみることに。ちなみにA、Bともに被害関係や政治宗教自己啓発といったものとは全く関係ない専門分野の勉強会です。
2010~2011年 会Bの会報誌でその人物が書くコラムに何かひっかるものを感じる。(自分のことをほのめかしているような。) その後ネットのネタサイトなどに時折、自分のことをネタにしたような記事が見られるようになる。 しかしこの時点では私は会Bに参加していたので、まだ内容も頻度もエスカレートはしていなかった。気にはなるが様子を見ようと思っていた。会Bでの発端人1はカリスマ性があり、皆に慕われていた。実際、会Bでは私にも親切でとても感じよかった。しかし会に参加した翌日から1週間くらいの間に、それを打ち壊すような、背筋が凍るような、冷たい誹謗中傷ともとれる記事がネットでみられるようになる。最初は気にしなかったが次第に気になるようになり、実際に接している時とのギャップにとまどった。どういうつもりなのか、どういう人物なのか、と。次第に不信感が強くなる。
2011年3月 東日本大震災。この時関東地方は大混乱。私も被害こそなかったが大変に不安になる。
その直後の集まりで不安をわかちあい安否を確認しあう人々の中で、発端人はびっくりするようなコメントをしていた。それはここには書きません。不信感は募る一方。
2011年4月くらいから、次第にネットの記事の頻度がアップしてきた。
2012年2月 決定的にひどい記事がネットに上がり、やはり奴がリークして作家やブロガーに書かせてると確信した。
2012年4月 その会Bに行くのをやめる。
行かなくなることで、次第に発端人1から離れて、記事もアップされなくなり自分のことも忘れられていくだろうと思っていた。しかしそれは全く逆だった。
2012年5月くらいから、記事の頻度と悪質度がアップしてきて、もう行かなくなったのになぜ書けるんだろう、まさか尾行?と少し疑うようになる。
2012年6月くらいから、出かける度にちょくちょく、にわか雨や雷雨にみまわれることが多くなる。その時はまださほど気にしていなかったが。また外出時にへんなニート風や学生風の子につけられていたり、見張られてるような感じがすることが時々あるようになる。記事は外出時の私の行動や服装などをよく見てるような内容のものが増えてくる。
2012年夏くらいから、さらに家の中の過ごし方や様子が記事になるようになる。つけられてるだけでなく、家の中ものぞかれてるようで気味悪さが強くなる。
2012年9月ころ、友人との電話の内容が記事にでるようになる。外出時につけられ、家の中ものぞかれ、さらに電話も聞かれている、これはもう間違いない。犯罪に遭ってるんだ、と確信。
2012年10月 地元のK察に相談に行く。その日の帰り道からありえないくらいの大量動員が始まる。

それからいろいろ本格的に被害が始まります。続きは不定期ですが書いていきます。会A、会Bのごたごたは今なお継続中、佳境にはってきています。それについても追って書いていきたいと思います。

被害者の使命

私が長年かかわってる団体(宗教政治自己啓発ではない)にもあらゆる工作が入ってきています。そもそもその団体から離れて新しい組織を立ち上げた人物によるところから発生している被害ですので、この団体に関わっている限り当然ここには被害が及んできます。ていうかここがもともとの原因の本丸ですから。

この団体や被害の発端人についてもこれから書いていきますが、今日はその中の加担工作者についてです。
以前の記事でも書きましたが、まずその会の一番のポンコツから積極的に加担してきました。その後も事情がある人ほど弱みにつけこまれ加担工作への道へ・・。新しく来る人は結構な確率で工作員です。それ以外の人もいますが。まああらゆる手がまわってますからね。長く一緒にやってきた人でも、いろいろです。でもそういう人の場合は離間工作が多いですね。突然の転勤や異常な忙しさ、介護が大変になったり、自分が具合悪くなったりなど・・。まあ加担者になるよりはいいですが。こうしてまともな人とは距離をとらせ、しだいに加担者をまわりに配備していくのです。

加担するかどうかはその人の人間性が試されます。加担したら最後、かっこわるいし人生終わります。きちんと加担してるかどうかを監視され続け抜けられなくなるのですから。さらに被害者に転じることだってあるでしょう。加害組織は甘くない。そういう意味もあって私は知り合いにも地道に周知しています。「こういうこと頼まれるかもしれないが、絶対関わってはだめ。取り返しのつかないことになるから」と。その後どうするかは本人に任せるしかない。ただ伝えていかないと。被害者は被害当事者であると同時に加担を思いとどまらせる使命もあるということになります。本当にたいへんですが・・・。

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