疑い

私はある団体に所属していますが、この会は、何年か前から組織変更に伴うごたごたがあります。というか、ある人物とその周辺が会の頭をとりたがっていて、それでごたごたを起こしているのです。私は最初はこの件にノータッチで詳しいことは知りませんでした。しかし知人数人からは少し聞いていたし、総会(年1)のたびに波乱が起きていることはあちこちから聞いていました。
その後、この人物に接触する機会があり(2009年)、このことを知ることになり、それから別の件で目をつけられ、この被害が始まりました。

組織が長く続くと、いろいろ起きるのはまあどこでもあることですが、ここは営利目的でなく、運営より中身が大事、組織を乗っ取るだのなんだのとは一番遠いところに存在するものだったはずでした。
そこにある人物を中心とした異質な動きがあり、その後、破壊的なことが次々起きていきました。

職員の雇用や給与に関する反対運動、そのやり方があまりに質素な団体の活動から異質なもので皆、目を丸くしていました。
それから次々、環境が悪化する人々、失業や倒産、自己破産、難病奇病、うつや自死、などがあちこちに起きましたが、それぞれがつながりなく起きているので、関連づけて考える人はいませんでした。
そんな中、私に起きた集スト、さすがに集ストに遭っているのは私だけのようだが、上記のような突然の不幸はもしかすると、集ストにあっていないから気づいていないが、すでに被害を受けていた人たちなのではないか、と思うようになりました。

今も私には大規模な集ストが続き、少し離れたところでは、いろいろな不幸がたくさんの人にひそかに起きています。
邪魔な人間(活動歴が長く、だいたい静かで、でも自分を持っている人)を排除しているのではないか、と疑っています。
そして日に日にそれが確信に近くなっていっています。
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集ストの目的

とにかく破格の大量動員で公費が捻出されていることはわかるのだが、一人にこれだけのことをしても効果はあまりないのではないかと思う。効果的な量をはるかに超えている。精神的にダメージを負わすことや風評を確実なものにすることなどは、これほどまでにしなくても十分だろう。やりすぎなのである。なぜここまで大量か考えてみた。

私という人間を餌にして、人や社会を動かす、そしてそれらを管理することが目的ではないかと思う。
つまり私に関する集ストと、地域ごと動かしてまとめていく管理型集ストの2種類が展開されているのではないか。

私に対しての集ストの目的は、社会的抹殺とその経過上で生まれる金(やればやるほど公費がおりてくる)とその先にある金(保険金やら戸籍やら臓器やら)。
周りの集スト要員に対する目的は、利用して管理統制し、自分たち(国や政治や医療や産業)に都合のいいロボット化して、それとは気づかせずに自由を奪い、思う通りの世界を作っていくこと。

全体からみれば、ターゲットの私も、動いている人たちも、同じ駒なのである。しかもお互いは憎みあう。お互いといっても1対無数であるが。それを見て賭けなども生まれ、経済効果もばっちり。上はさぞ笑いがとまらないだろう。

気が付かなければならないのは、この無数の人たちである。周知が大事なのはこのことからだろう。

友人知人への周知はもちろんだが、その場合は後からその人に工作が入る可能性は高い。しかし全くの他人や少し知っている人などへの周知は、工作しづらく意外にも効果がある。

人を選んでやっていく必要はあるが、チラシを見せながら説明するとたいてい一応耳を傾けてくれるし、心に留めておくと言ってくれたりする。本心はわからないし、金やしがらみで動いてしまうこともあるだろう。それでも全くの無駄にはならないと思う。どの人にどういう風に伝えようか、その人をプロファイルして考えていくのもいい。

甘くはないし焼け石に水程度かもしれないが、この被害の性質上、被害者自らできることをやらざるを得ない。被害に遭いながら、そういうこともやっていかなければならず本当にどれだけか。それでもやっていくしかないのである。

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